「絶対に許さない」
私は自分のクレジットカードの履歴を見ながら怒りに震えていた。
夫は私と息子を裏切り、浮気相手と遊び歩いていたのだ。
しかも、私のクレジットカードを使って。
息子の空のためにと思って貯めていた貯金が
夫の浮気相手のために使われていたと思うとどうしても許せなかった。
必ず、夫にも浮気相手にも自分たちがしたことを償わせてやる。
そう強く願ったものの、自分の父が母によって貶められることを空はどう感じるのだろう。
夫と私のせいで空を傷つけたくはない。
なかなか復讐に踏み切れない私の背中を押してくれたのは意外な人物だった…
私は祐子。32歳で家事と育児をなんとか両立させながら企画開発の仕事も順調にこなしている。
結婚して10年になる夫の健介とは大学時代に出会った。
人見知りで内気だった私は、すぐには大学生活を楽しむこともできずにいた。
そんな時同じサークルでいつも中心で明るく周りのみんなを笑顔にさせる彼のことがだんだん好きになった。
大学でできた親友のユカにも手伝って貰い、2年生の時から付き合いだした。
いつも明るい健介のおかげで幸せで楽しい大学生活を過ごすことができた。
卒業を控えて就職先も決まり健介からプロポーズされ卒業とともに結婚。
24歳の時には大切な息子「空」が生まれた。
健介は私のことも空のことも大事にしてくれて、お互い仕事に育児にと幸せな日々を過ごしていた。この先もずっと幸せな日々が続くのだと思っていた。
でも人生はただ幸せで順調にというわけにはいかなかった。
2年前、健介は経営が傾いていた会社からリストラされてしまった。
それでも健介は奮起し新たな仕事探しを頑張っていた。
でもなかなか仕事は見つからず次第に焦っていくようになる。
それとは対照的に毎日懸命に頑張っていた私は会社での仕事が認められ課長に昇格する。
この昇格をきっかけに次第に私と健介の関係はギクシャクしていくようになり、それまでの幸せな生活は音を立てて崩れていった。
毎日忙しく働く私を見て嫌になってしまったのだろう、ある日を境に健介は仕事を探すことをやめてしまったのだ。
ギクシャクしてしまった私たちの仲をなんとか元に戻そうとユカに相談に乗ってもらった。
ユカの提案で息子の空の面倒をユカにみてもらい、
健介と二人で学生時代のデートを再現してみた。
「ここ懐かしいよね。ホントは和菓子苦手なのに、私がここの和菓子好きだから付き合ってくれてたよね。ありがとう。」私は少しはしゃいで見せたが
「そうだっけ?よく覚えてないわ。」と健介は終始暗い表情とそっけない返事。
デート終盤からはイライラした様子となってしまい
「こんなのいつまで続けるんだよ!」
私が必死に繕うように話しかけてもその後はろくに返事もしてくれなくなった。
結婚記念日のお祝いにも使ったことのある高級レストランでのディナーも、
健介は心ここにあらずで携帯画面から目を離すこともなく、とうとう二人の会話も全くなくなってしまった。
仲を戻そうとしたことが逆に私と健介の間にある深い溝を浮き彫りにさせてしまった結果になった。
それから数日後、健介は突然久しぶりのスーツを着て面接に行くと言って外出していった。
私はスーツ姿と仕事探しを再開してくれたんだという感動のなか健介を送り出した。
でもこの私の感動は間違ったものだったのだ。
その日健介は深夜2時まで帰ってこなかった。
しかもかなり酔っ払っている様子で帰って来るなりリビングのソファで寝てしまった。
「昨日の面接はどうだったの?帰ってくるの遅かったね。」翌日二日酔いなのかまだボーッとしている健介に昨日のことを問い詰めてみた。
かなり機嫌悪そうな表情の健介は
「昨日の面接は上手くいかなかったんだよ!帰りに昔の友達に会って飲んできたんだよ。」と目も合わせずに返事する。
すかさず「それって誰?サークルの友達?」と聞き返すと健介は明らかに目が泳いだ様子で語気を強めて「おまえの知らない友達だよ!」とそれ以上は聞いてくるなと言わんばかりに睨み付けながらリビングを出て行き強制的に話を終わらせた。
それから健介は度々外出するようになり、夜遅くまで帰ってこない日も増えていった。
そんな日が繰り返され、私の心の中には健介への不信感が積もり積もっていった。
そしてある日ユカが家に遊びに来てくれた時のことだ。
「健介、浮気してるかもしれないよ」
話しづらそうにしていたユカがそう言いながら、仲よさそうに女性と密着して歩いている健介の写真を見せてくれた。
久しく見ていない健介の笑顔がそこにあった。
ユカが私の家に来る途中に見つけたのだという。
「駅から出てきたら、サークルの後輩のあやに似てる子がいるなって思っていたの。そしたら、そこに健介が走り寄ってきて二人が抱き合ったのよ。」少し申し訳なさそうに話し始めた。
「黙っていようか悩んだんだけど、私は祐子の一番の味方だと思ってるし健介やあやより断然祐子が大事。だから黙ってられなかったの、ごめん。」ユカは私の肩をさすりながらそう言って一緒に泣いてくれた。
そういえば数年前に大学のサークルの同窓会で集まったとき、健介とあやは仲良くしていた。
でもたしかあやも結婚していて夫と子供がいたはずだ。
私はその事実を受け入れられずにいた。
本当に浮気をしているのかどうしても確かめたくなり自分で証拠を集めようと、健介が遊びに行く日を見計らいユカに空の面倒を頼み健介を尾行することにした。
ほどなく健介は待ち合わせしていたあやと会い、二人で高級なレストランへ入っていった。
レストランの窓際の席で、健介は今や私には決して見せない満面の笑顔を見せ楽しそうに食事をしていた。
そんな様子を向かいのカフェから見ていた私は、その健介の笑顔にショックを受けた。
しかも、二人はレストランを出た後にホテルへ入っていく。
健介の裏切りを直接みたことで私はさらに衝撃を受けた。
それにしても、無職の健介がお小遣いだけであんな高級レストランに行けるはずがない。
にも関わらず支払いは健介が行っていた。
おそらく、私のクレジットカードを無断で持ち出しているのだろう。
家に戻ってクレジットカードをしまっているところを確認すると
やはり、サブのクレジットカードが抜かれていた。
あわててクレジットの履歴を調べると、覚えのない使用履歴が複数あった。
ブランド物を購入しているが当然プレゼントで貰った覚えもなく家中のどこにもない。
あやに貢いでいたのね
そう気づくと悲しみと共に激しい怒りを覚えた。
私は二人に復讐することを決めた。
その夜、健介がお風呂に入っている間に携帯を開き、今までのすべての履歴をPCに保存し携帯とPCを連携させて健介とあやのやり取りをいつでも確認できるようにした。
二人のやり取りを確認していると、
なんと二人は来月一緒に旅行の計画を立てていることがわかった。
後日ユカが家に遊びに来たときに洗いざらいぶちまけた。
「ユカに教えて貰った後どうしても確かめたくて、健介のあとをつけたの。そしたらあやと高そうなレストランで楽しそうに食事してたの。しかもそのレストランの支払い、私のクレジットカードで支払ってたのよ!」
怒りがとめどなくあふれてきて止まらなかった。
「その後、二人でホテルに入っていって…。その後は辛くなっちゃって帰ったんだけど…」
ユカは黙って私の背中をさすりながら最後まで聞いてくれた。
「私このままじゃ気が済まなくて、収まりがつかないよ。」
健介とあやへの復讐を考えていることを話し出した私に
「祐子の気持ちはわかる!復讐したいって気持ちもね。私ができることなら、なんでも協力するよ。」と笑顔で答えてくれた。
ただ、復讐してやると心に決めたときからずっと気になっていた。
「でも空がね・・・両親が喧嘩したりするのは可哀想かなって。」
健介と私のことで空を傷つけたくないと思ったのだ。
するとユカから思いもよらない返事が返ってきた。
「空君は気付いてる。あの子はもう何もかも知ってるよ。」
その時、隣の部屋にいたはずの空が私の前に走ってきてこう言った。
「お母さんを悲しませるお父さんはいらない」
今までの色々な感情と空の真っ直ぐな優しい目をみて私は涙が止まらなかった。
そんな私を空は抱きしめてくれる。
「空・・・ごめんね、お母さんとお父さんはもう一緒にいられない。」
空は私の頭をなでながらこう言ってくれた。
「いいよ!僕はお母さんが大好き。お母さんと一緒だったらそれで大丈夫。」
「ごめんね、ありがとう。」空を抱きしめながら健介と縁を切り、二人で生きていこうと改めて決心した。
その後、私の決意なんて全く知らない健介は昔の友達と旅行に行ってくると言ってきた。
「お金はどうするの?」と聞くと
「お小遣いで行ってくるよ」とのほほんと返事する。
どうせ私のクレジットカードを使うクセに。
私は心から呆れていることを悟られないように
ここで最後のチャンスを与えてあげようと聞いてみた。
「その日は久しぶりに家族で一緒にお出かけしたいと思ってたの。最近空をかまってあげられなかったし。友達との旅行の日をずらして貰うことはできないかな?」
もしもこのとき家族を選んでくれれば、
ただ離婚するだけで終わらせよう思っていた。
「友達は仕事もあってこの日じゃないと行けないんだよ。家族で出かけるのはまたいつでも行けるだろ。」
「そう…。じゃあ、しょうがないわね。」
健介からの返事に私は笑顔で答えた。
私はこの瞬間まで、もしかしたら健介が家族を選んでくれるんじゃないか?
そんな淡い期待を抱いていたのだ。
しかし、健介が明確にあやを選んだ今
私の中の期待は打ち砕かれ、復讐へのためらいもなくなった。
私は何事もなかったかのように日々を過ごし、健介とあやの旅行の当日を待った。
旅行当日、早朝から意気揚々と出かけていく健介を空と二人で笑顔で送り出した。
「よぉし、引っ越しとしますか!」空と笑顔でハイタッチし準備していたことを実行する。
すでに引越しの準備を進めていたのだ。
その午後には引っ越し業者が来て
私と空の荷物は私の実家へ送ることができた。
そして健介の荷物は浮気の証拠写真を添えて浮気相手のあやの家に送った。
しかも引っ越しが完了するとともに家の契約も切れるように手配していたので
健介は旅行から帰ってくると自宅を失っているのである。
引っ越しの準備をしながらも健介が旅行先に到着したであろう時間を見計らってクレジットカードを使用停止にした。
しばらくすると予想通りに健介からの電話が鳴る。
「お金が足りないんだよ。振り込んでくれないか。」悪びれる様子もなく頼んでくる健介に呆れながら
「ごめんなさい、今は余裕がないから友達に借りておいて。」と冷たく一方的に電話を切った。
当然その後、何度も何度も健介から電話があるがすべて無視して引っ越しを完了させた。
2日後、慌ただしかった実家への引っ越しも終わりゆっくりと荷物の整理をしているときだった。
健介から慌てふためいた様子で「なんで家が解約されてるんだよ!」と電話があった。
ざまぁみろという気持ちなのか、なんとも情けない気持ちなのか、とにかくいろんな感情がこみ上げてきた。
「家族よりあやとの旅行をとったのはあなたでしょ?あやと楽しく過ごせば?」と冷たく言い放った。
「あやとって…知ってたのか?あやとはただの遊びだ。何もここまでしなくてもいいだろ。」と健介は語気を強めて言い返してくる。
「この期に及んでどうしてそんな言い草なの。私は何か悪いことでもしたかしら?悪いのはあなただと思うんだけど!」
そのまま追い打ちをかけるように私は捲し立てた。
「あやとの旅行で私のカード使ってたんでしょ?カードも止められてお金もなくって大変だった?あやの前で恥かいたことでしょうね。」
「ごめん、悪かったよ。もう二度とこんなことしないから今回だけは許してくれよ。初めてなんだしどうか頼む・・・。」半泣きなのだろう震えた声でそう懇願する健介。
でも私の心はもう変わらない。「初めてだろうがあなたは自分のために私と空を裏切ったんです。もう諦めて、さようなら。」
健介が何か言っていた気がするが、私は電話を切った。
さらにその後、あやからも悲壮な声で連絡が来る。
私が送りつけた浮気の証拠写真が添えられた健介の荷物があやの自宅へ届き、当然二人の悪行はあやの旦那の知るところとなった。
今は、健介との浮気がバレて離婚騒ぎになっているそうだ。
「あんたがこんなことしたせいで離婚させられることになったじゃない!どうしてくれるのよ、責任取ってよ。」
あやからの言葉にもう怒りを通り越して笑いがこみ上げてきた。
「家庭や子供がいて、それでも浮気し続けていたのはあなた達でしょ?あなた達二人がした浮気のせいで2つの家族が壊れてしまってるの。責任を取るのはそちらでしょう。私は被害者、後日弁護士から慰謝料の相談が行くと思うからよろしくね。」
「そ、そんなのダメよ、あんたの旦那が誘惑してきたのよ。私は悪くないわ。弁護士って何なのよ、撤回しなさいよ。」
それでもまだ食い下がってくるあやに呆れながらも「うちの旦那が誘惑したのかどうかなんて私にはどうだっていいわ。あとは弁護士に言い訳しなさい、頑張ってね。」
私は少しスッキリした気持ちであやからの電話を切った。
健介は行く当てもなくあやの自宅へ届けられた荷物と一緒に実家へ戻っていた。
その後健介の実家とあやの家へ弁護士から通知が届けられた。
あやはうちと同じように夫に離婚を突きつけられ子供の親権も取られてしまったということだ。
健介とあやは私とあやの夫から多額の慰謝料を請求されることになった。
二人のせいで2つの家族が壊れてしまったのだから当然の報いだ。
しかしあやは専業主婦で健介は無職で二人とも収入がなかったことから、健介同様あやも実家へ戻り慰謝料と養育費の支払いのために必死に働いているそうだ。
まともに就職活動もせず浮気にうつつを抜かしていた健介は、当然就職先もなく日雇いの肉体労働で毎日汗水流しているそうだ。
あやは結婚前もたいした職歴がなく専業主婦だったため、こちらも健介同様に就職先はなく夜の町で働いているそうだ。
ユカの根回しのおかげで健介とあやの不倫と泥沼離婚劇の話はサークル内で広がってしまっていた。
何も知らない二人はそんなサークル仲間のところへ借金の申し入れに行ったようで、恥をかいた上に友人も無くすという惨めな結果となった。
こうして二人の勝手気ままな幸せな生活は終焉を迎えたのだ。
私と空は今私の実家で何事もなかったように穏やかに暮らしている。
私は結婚中は健介に遠慮していて、あまり自分の実家にもどることがなかったので両親は私たちが二人で戻ってきたことを喜んでくれている。
「空くん、おじいちゃんとおばあちゃんと遊びにいこうか!」
「一緒に遊びに行く!」両親は週末のたびに公園やテーマパークに空を連れ出してくれる。
今まで孫に会う機会が少なかった両親は、今までの分を取り戻す勢いで空と毎日楽しく幸せそうに過ごしてくれている。
私は空のために仕事に家事育児に奮闘して過ごすうちに、少しずつ心から笑うことができるようになった。
空もおじいちゃんおばあちゃんに可愛がってもらいながら、毎日楽しくすごしているようで「お母さんも嬉しそうにしているし、ここに引っ越してきてよかったね!」
と言ってくれている。
健介に対しては一時の怒りは消えて最近はこう思うようになった。
リストラにあったりと辛いこともたくさんあっただろう。
でも自分のためだけに生きるのではなく、家族のことを少しでも考えて生きてくれていればこんなことにはならなかった。
今の私たちのように、些細なことでも幸せを感じられる生活が送れただろうに、馬鹿なことをしたなと。
これからは今の幸せな生活がいつまでも続くように、空のためにも二人で力を合わせて精一杯生きていこうと考えるのだった。
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